やっかいなニセモノ

 315プロダクションに一番近いコンビニエンスストアの出入り口で、桜庭と天道は出会った。特別不思議な事ではない。これから事務所で行われるミーティングの前に桜庭は買い物を済ませただけだ。そしてこれから天道が買い物をする。ただそれだけのことだった。
「はい。やるよ」
 ビニール袋を提げてコンビニから出てくる桜庭に向かって、天道は赤いバラを差し出した。一輪だけ握られたバラは瑞々しさとは程遠い、一目で造花と分かる安っぽい代物だ。
「……貰ってどうしろと?」
「手品にでも使えるかなって」
 天道が駅前で笑顔の女性に差し出され、思わず受け取ってから数分が経過していた。女性が手に持つ籠には大量の造花が敷き詰められていた。バラを包んだ包装紙には、銀行か何かの広告が印刷されている。
 コンビニの出入り口で二人の男がバラを挟んで静止していた。沈黙を破ったのは桜庭の溜息だった。
「帰りに渡せ」
「なんで帰り?」
「そうしたら持って帰ってやる」
 自分の手に握られたままの造花を不服そうに見つめながら、天道は分かったと小さく返事をする。
 店内へ天道が入っていくのを確認してから、桜庭はビニール袋から一輪のバラを取り出し、苛立ち気にゴミ箱へ放り込んだ。それは十分前に駅前で見知らぬ女性から手渡されたものだった。

 桜庭は寝室のチェストの上を見つめていた。
「厄介なものを貰ったな」
 バラの造花がそこに投げ出されて一週間が過ぎた。
 独り言をつぶやきながら桜庭はバラを手に取った。そのまま小さなゴミ箱の前へと歩いていく。
 手入れもいらない、枯れもしない。さして美しくも無い花弁には細やかな埃が付着していた。そのことに気が付いて思わず顔を顰めると、しゃがみこんでゴミ箱の上へかざしてみた。
 数秒迷ったのち、桜庭は小さくため息をついて花弁に唇を近付ける。小さく吐いた息は埃と一緒になり、ゴミ箱へ向かって落ちていった。
 恐らく一か月後もここにあるのだろう。半年後も、三年後も、もしかしたらチェストの上に置かれているのかもしれない。片づけられる日があるとすれば、それは天道がこの寝室へやってくる日だ。
「……そんな日があってたまるか」
 手入れもいらない、枯れもしない。さして美しくも無い癖に、捨てられないし埃がかぶるのも嫌だ。厄介なのは自分自身だと、自覚するのも嫌だった。渡した天道本人は、きっともう覚えていないのだろう。
 いっそ本物なら良かったのに、なんて思いが脳裏を横切ったが、それこそありえないことだろうと頭を振って、桜庭はまたチェストの上に投げ置いたのだった。