小さな痕跡(煙草シリーズ2)

 吸っているのかふかしているのか、天道自身もよくわかっていない。
「おそらく肺に入っている」
 呟いてみても反応が返ってくるわけがない。一人暮らしはどうにも独り言が増える。正面のテレビの中では先輩であるJupiterが司会者と軽快なトークを繰り広げていた。
「やっぱすげえな」
 また一人で呟いて、味の濃い煙草を口へ運ぶ。弁護士を辞めたと同時に煙草も変えた。あの煙草は弁護士ある天道輝のものだと思ったからだ。大切にとって置きたかったのか、ただ自分自身が変わりたかったのかは分からない。
 煙草だけでは無い。アイドルになって日常の色々なものが変化していた。長年住んでいるこの部屋も例外ではなく、今まで買ったこともなかったアイドル雑誌やCDが増え、テレビ番組をダビングしたDVD、振付の確認のために買った少し大きな姿見など、時間をかけて弁護士の部屋からアイドルの部屋へと姿を変えている。これらはもちろんすべて天道のものである。数ヶ月前に出来た恋人を何度も部屋に呼んでいるが、彼は物を持ちこまない。歯ブラシが一本増えただけだ。桜庭らしいと思いつつも少しさびしい。
 スタッフロールを眺め終わって、火を消そうと灰皿へ目を向ける。山のような吸殻の中には、ぽつりぽつりとフィルターの色味が違うものが混ざっている。
「片づけねえとまた怒られるな」
 言葉ではそう言ってみるが、片づける気はさらさら無い。ゴミ箱にひっくり返すだけで消えてしまうちっぽけなものでも、恋人の痕跡がひどくうれしかった。
「近々呼ぶか」
 小言を言いながら桜庭が片づけて、また新しい吸殻を押しつけて帰って、また来て文句を言いながら片づけて。その繰り返しでいいんじゃないか。そんなことを考えながら、灰をこぼさないよう気をつけながら吸殻を押しつけた。