特別な関係がもたらす特別な付加価値(天道誕生日ネタ)

 桜庭薫は決して探す手間を怠った訳ではない。むしろ一ヶ月半も前から時間を見つけては雑誌やインターネットで情報を収集し、オフの日には様々な店へ足を運んだ。2週間を切ったあたりで本格的に焦り出し、彼と年齢の近い人に好きなブランドや最近気になっているものを聞き出しては片っ端から調べていった。にも関わらず、2月23日が目前まで迫った今、桜庭薫は天道輝へのプレゼントを用意できていなかった。残りの数日にオフの日は無く、約一ヶ月半かけてもダメだったのに仕事をしながら残り数日で用意できるかと問われれば、答えはNO以外にありえなかった。そもそも、物の候補すら見当がついていない状態だ。
 完璧主義の桜庭がなぜ誕生日目前でプレゼントの準備ができていないのか。周囲の人が知ったらさぞ不思議に思うだろう。そして桜庭本人も、今の状態が不思議で仕方無いのだ。
 一昨年は3日前に誕生日を知り、前日に購入した。去年は2週間前に柏木翼に何気なく相談をして、5日ほど前に購入した。そこまで苦労した記憶はなく、また天道が贈り物にケチをつけるような人間ではないこともよく知っていた。それでもこんなに悩んでしまったのは、去年の誕生日までの「同ユニットの仲間」という関係から、「同ユニットの仲間兼恋人」という関係へ変化したことが理由だろう。恋人は明らかに特別な存在であって、その恋人から贈られる誕生日の贈り物は、やはり特別な物になる。気負いすぎが原因だと分かったところで、残りの日数では現状は変えられない。それでも、つきあって初めての誕生日にプレゼントは無し、という事態はできれば避けたかった。
「仕方がないか」
 扉の前で桜庭は一人で呟き、覚悟を決めて事務所の扉を開けた。
「おはようございます」
「おっ、桜庭おはよう!」
 都合のいい事に、事務所内に天道以外の姿はない。
「どうしたんだよ。やけに暗い顔して」
 ソファに座ったまま話しかけてくる天道はいつも通りの明るい表情をしている。一瞬桜庭は人の気も知らないで、と思いかけたが天道は知らなくて当然だ、と自分の中で完結させる。
「天道、ちょっといいか?」
「なんだよ」
「近々空いてる日は無いか? 買い物に付き合ってほしいんだが」
「別にいいけど……。何買うんだ?」
「……君の誕生日プレゼントだ」
 自分が選べないのなら、天道自身に選んでもらうしかない。
 一瞬固まった天道の顔が、驚きと焦りを露わにする。
「いや、23日まで俺仕事漬けだけど!?」
「……それは分かってる。間に合わないのは本当に申し訳ない」
 そもそも桜庭も昨日が23日までの中で最後のオフだった。例え天道に時間があっても、既に間に合わないことは確定していた。
「忘れていたわけではないんだ。ただ、何を贈ればいいのか分からなくなった」
 桜庭の視線は声が小さくなるのと連動してだんだんと天道から逸れていく。
 扉の前で明らかに気を落としている桜庭を見て、天道は小さく息を吐き、自分が座っているソファを少し叩いた。
「とりあえずここ座れよ」
 その声色は柔らかいものだったが、桜庭は動き出そうとしない。
「しょうがねえな」
 天道は立ち上がると桜庭の目の前まで歩いていく。それでも俯いたままの桜庭を小さく笑うと、手を引いてソファまで戻った。
「いいから座れって」
 手を引いたままソファに座り、その隣に桜庭を座らせる。
「来週の火曜日なら空いてるけど、お前は?」
「……仕事は午前で終わる」
「じゃあ午後から一緒に行くか」
 天道の声は一貫して優しいままだ。
「……怒らないのか?」
「なんで怒るんだよ」
 桜庭が不安げに顔を上げると、天道はそっと桜庭の頭に手を伸ばして髪を梳きだす。
「お前のことだから悩みすぎて訳分からなくなったんだろ? そのくらい真剣に考えてくれたことも、だめだったって素直に言ってくれるようになった所も、言ったうえでちゃんと用意しようとしてくれてることも、全部ひっくるめて嬉しいに決まってるだろ」
 天道が髪を梳く手を止めて桜庭を引き寄せると、いとも簡単に抱きつくかたちで倒れこんでくる。
「すげー嬉しいし、デートもできるし、なんか誕生日前なのに既にプレゼント貰っちまった気分だ」
「まだ何も渡してないぞ」
 髪の隙間から覗く桜庭の耳は案の定赤く染まっている。
 付き合って初めての誕生日は、どうやら悲しい結末を迎えずに済みそうだ。