最終地点は同じだから

 桜の花は今年の役目を終え、緑が主役となった公園にジャージ姿の男が二人、ベンチに腰かけている。二人が履いているランニングシューズは先日頂いたばかりのもので、まだ新品のように綺麗なままだ。
 いつもなら一緒にいるはずのもう一人の姿は無い。暫くは激しい運動は避け、体力と体調の回復を優先させろと口うるさい主治医からお達しがあったせいだ。
 数日前のTHE虎牙道との合同ライブの直前、DRAMATIC STARSの一員である柏木翼が倒れた。突然の出来事に硬直する桜庭の姿を、隣にいた天道ははっきりと目にしていた。そして柏木の姿を姉と重ねた心境も、桜庭の口からはっきりと聞いている。
 結局ライブ前に柏木は回復し、本番はトラブル無くステージを終えることができた。直後こそ安心感が胸と頭を満たしていたが、数日経った今、ふとある疑問が天道の頭に浮かんできた。
「倒れたのが俺でもさ、心配してくれた?」
「は?……ああ、その話か」
 あまりにも唐突な発言に、桜庭は一度汗を拭く手を止めたが、すぐにそれが先日のライブ前のことを指していると理解したらしい。
「当り前だろう。三人一組で出演する予定だったんだ。君が出られないとなればどうあがいてもパフォーマンスの質は落ちる。もちろんファンやスポンサーからの信頼も……」
 冷静な顔で続ける桜庭の言葉を、天道が制止する。
「いや、ステージの心配じゃ無くて! 俺の心配!」
「は?……ああ、そっちの話か」
 桜庭はやはり批難に近い声を上げたが、やっと天道が言わんとすることを理解したらしい。そもそもステージに関する心配は、柏木の一件で嫌と言うほど理解できている。
「知るわけ無いだろう」
「なんだよその言い方」
 あまりにも冷たい物言いに、今度は天道が非難の声を上げる・
 睨みつけている天道の顔を一瞬だけ捉えると、桜庭は立ち上がって簡単な準備運動を始め出した。
「うるさい。起こってもいないことを訊かれても分かるわけがないだろう」
「だからってそんなキツイ言い方しなくてもいいだろ」
「そもそもそんなことは分からなくていいだろう。一生分からなくていい」
 空になったペットボトルが天道の手の中で振り子のように揺れる。それがぴたりと止まった時、桜庭は公園の出口を見たままもう一度口を開いた。
「君まで心配かけるなと言っているんだ」
 そのまま振り返りもせず、桜庭は出口に向かって走っていく。
「やっぱ心配してくれるじゃん」
 既に道へ出た桜庭の後姿を眺めながら、天道はペットボトルを隣のごみ箱に投げ捨てた。
「もう半分頑張りますかー」
 桜庭を追うように立ち上がり、天道もゆっくりと走り始める。桜庭の背中が見えないけれど、天道は全く気にならなかった。