君とは住む世界が違うので

 ずいぶんと売れてきた自覚はある。それは桜庭に限った話ではない。同じユニットメンバーである天道と柏木、それ以外の315プロダクション所属アイドルたちも着実にキャリアと高評価を積み重ねてきた。今では全員がせわしなく仕事をこなしており、それは嬉しい悲鳴としか表現しようがない。しかし空きの少ないスケジュールは常に犠牲が伴う。交際をしているはずなのに、それどころか同ユニットに所属しているのに、桜庭と天道が顔を合わせるのは約一ヶ月ぶりであった。ちょっと話がある、とは事前にLINKで言われていた。しかし都合が合わせられず、偶然事務所で出会ったタイミングで桜庭は屋上まで連れてこられた。
「あのさ、……一緒に住まないか?」
 ドアを閉めるなりそう切り出した天道の言葉に、桜庭には否定する理由が一切なかった。だから当たり前のように頷くと、天道は「よかった」と嬉しそうに笑った。それから天道と一緒に暮らしている。無理にスケジュールを合わせなくても顔が見られる、声が聞ける、触れ合える。そんな生活を桜庭は内心、相当に気に入っていた。しかしそれを天道本人に伝えたことはなかった。

 社交の酒の席を終えて桜庭が帰宅すると、当然天道はそこにいた。ソファでリラックスしている彼に「ただいま」と告げると、すぐに「おかえり」と返ってくる。一瞬だけ桜庭を捉えた視界はすぐによそへ向いてしまった。桜庭は彼の正面にあるテレビを確認する。
「また見てるのか」
 桜庭がため息交じりにそう呟くと「おう」と天道は適当な相づちを打つ。当然視線は画面に向けられたままであった。
 そこに映し出されているものを桜庭はよく知っている。315プロダクション所属アイドルが総出演した映画、天地四心伝。その後編である千紫万紅の乱であった。ちょうど桜庭演じる不知火がなにやらべらべらと喋っているところである。
 この映画のブルーレイが発売されてから、天道はなにかとこれを再生していた。
 確かにこなした仕事の中でもかなり印象深く、当時の現場も賑やかであり、未だにこれを楽しかったと振り返るアイドルも多い。だから天道もよく見返している、と最初のころは思っていたが、どうやら違うらしいと気がついたのは少しばかり前である。なんでも天道は不知火が気に入っているらしい。
 確かに以前、気に入る演技があったと言われた記憶がある。
 とはいえ不知火そのものを気に入るのは予想外であった。お世辞にも性格がいいとは言えない、むしろ典型的な悪役である。当然全力で演じはしたが共感など微塵もできなかったし、なにせ天道が好む正義のヒーローとは対極のような役であった。いったいなにがそんなに天道の心を掴んだのか、理由はさっぱり分からないが、天道はしょっちゅうこの映画を見返している。
 自身の演じた役を恋人が気に入ってくれていること自体は別にかまわない。当然桜庭もその点に関しては嫌な気はしていない。していないのだが、天道の視線はずっとテレビの画面に向けられたままである。
 桜庭はその様子をじっと見ていた。しかし天道は気にとめてもくれない。桜庭は鞄を置いてその脇に立った。ソファに座る天道の足元へ両膝をつく。下からじいっとのぞき込むと、やっと天道が顔を向けた。そのまま桜庭はすうっと息を吸う。
 いつもより少し高く、機嫌が良さそうに、好意的に、だけど目は笑ってはいけない。あくまで自己中心的に。
 膝の上に置かれていた天道の手を上から握って、桜庭は口を開く。
「ずいぶんと私を買ってくれているようですね。よろしければ秘密の場所に招待しましょうか。……人間族の被検体はなかなか手に入らないんですよ。あなたなら大歓迎です」
 天道は目を丸くしていた。しかし数秒後、ふ、と息を吐くと同時に顔が緩み出す。にやけるのをこらえているらしい。口元が変に力んでいるのが隠し切れていない。
「なんだよ急に。ファンサが過ぎるだろ」
 空いた手でぐりぐりと桜庭の頭を撫でながら、天道は嬉しそうな声で言う。しかし対する桜庭は不貞腐れていた。
「え、まじでどうした?」
「帰ってきたぞ」
「うん。知ってるよ。おかえりって言っただろ?」
「じゃあなぜ君はいつまでもテレビばかり見ているんだ」
 不機嫌を隠さずに桜庭が言い放つ。天道はやっと理解したらしい。クツクツと笑いながらソファを降りた。桜庭に合わせて床に膝をつきながら、躊躇いなくその身を抱きしめてくる。
「ごめん。……拗ねるなよ」
 体温、匂い、頬をかすめる髪の感触。その全てにほだされそうになりながらも桜庭は「言っておくが」と釘を刺す。
「自分の役に妬くなよ、などとくだらない発言は許さないからな」
「言ってないだろそんなこと」
 ごめんなあ、とまた頭を撫でられるのが、まるであやされているかのようでしゃくに障る。なので抗議の意味を込めて、それからちょっと愛も込めて、桜庭は全力で抱きしめ返すことにした。