ベールの向こう側

 剣と魔法のファンタジーはなぜこんなにも人を魅了するのだろうか。ましてや現代日本に生まれた男児となれば惹かれぬわけがない。幻想的な衣装に身を包んだ315プロダクションアイドルたちが大集結したのは今から二日前のことだ。スケジュールの空いている者が一同に介して撮影を行い、こられない者は個別に別日撮影である。華やかな衣装に凝った武器を持ったアイドルたちが沢山集まった姿は壮観で、なによりみんな大はしゃぎだった、らしい。翼から送られてきたオフショットを眺めながら、天道は「いいなあ」と独りごちた。スケジュールが合わなかった奴第一号はまさしく己である。ちなみに二号は桜庭だ。あぶれた者のうちドラスタの二人は今日が撮影日となっている。
 そんなわけで天道は剣士のような格好で左手に剣を持ち、右手のスマホでひたすら二日前の写真を眺めていた。張り切って早く来すぎたらしい。撮影スタジオの隅で時の経過を待っているところだ。
 ニコニコとお互いの衣装を見せ合ったり、格好良くスマホカメラに向かって武器を構える写真がいくつも送られてきており、そこに映るアイドルも衣装もどれも実に魅力的である。
 そのなかでもひときわ目を引くものがあった。ゲーム的な名称をつけるとしたら白魔道士、もしくは僧侶だろう。黒やグレーを基調とした衣装が多い中、布面積の九割以上が白いこの服は写真で見ると非常に目立つ。パッと見たときに真っ先に目に飛び込んでくるのだ。清廉さを意識してデザインされたであろうそれを身に纏っているのは十代の少年ばかりである。中には身を寄せて四人で撮影された写真もあった。その写真は男性アイドルのオフショットとは思えない可愛らしい空気感を放っている。
 なによりどの写真からも伝わってくる和気藹々とした楽しさに当てられ、天道はもう一度「いいなあ」と呟いた。スタジオの隅にしゃがみ込んだまま顔を上げる。自身こそファンタジー衣装に身を包んでいるが、目の前で忙しなく動いているのは皆現代日本的な服を着たスタッフばかりだ。俺もみんなと一緒にはしゃぎたかった、が素直な感想である。
 天道が一人寂しくしゃがみ込んでスマホを眺めていると、暫くして頭上から「おはよう」と声が降ってくる。天道は一切ためらうことなく顔を上げた。どう聞いても桜庭の声だったからだ。そして視界に収めるなり目を見開いた。布をたっぷり使った真っ白なケープに透け感のあるベール、頭上には細身のヘイローが輝いており、普段とは違うコロンとした丸い眼鏡をかけている。
 衝撃を胸の内にぐっと堪えながら天道は「……おはよう」と喉から絞り出す。しかし様子のおかしさは伝わってしまったらしい。桜庭は少しばかり首をかしげ、その後自分の姿を確認するようにきょろきょろと自身の首と体を回しだす。それに合わせてあちらこちらの真っ白な生地がふわりふわりと揺れていった。
「なにかおかしいか?」
「いや、別に?」
 天道の返答に桜庭はもう一度首をかしげたが、納得したのかそのまま隣にしゃがみ込んできた。その姿を天道はまた横目でチラリと見る。はたして己は何を驚いているのだろうか。桜庭が元医者なことくらい当たり前のように知っている。ファンタジー系の職業を当てはめるならヒーラーが選ばれるのは当然だろう。以前冒険したときもそうだった。そのときの自身は剣士ではなく魔法系ジョブだったが。弁護士とアイドルしかしたことがないはずなのに以前冒険したとき、というは意味が分からないが、確かに天道の記憶にはあるのだ。確か四月の頭ごろだった気がする。
 じゃあなぜこんなに驚いているのかと言えば、おそらく先ほど散々写真を見たせいだろう。これを着ていたのは桜庭以外、全員十代だったのだ。まさか二十代半ばの男にこんなものを着せるなどとは、天道はついぞ思っていなかった。
 隣にしゃがんでいる桜庭は珍しくスマートフォンをいじっている。うつむいているせいで白いベールが天道の視界から横顔を遮ってしまっていた。半透明だから全く見えないわけではないが、なんだかそれがすごく勿体なく感じてしまった天道は無意識に手を伸ばす。その顔が見えるようにそっとすくい上げると、現れた青い瞳とバッチリ目が合った。
「なんだ急に」
「えーっと、……これなに?」
 天道はごまかすようにベールをつまむ。桜庭はまた首をかしげながら「僕に聞かれても」と困惑の表情をした。
「大体、みんなつけているだろう」
 桜庭の手元のスマートフォンには、先ほど天道が見ていた写真と同じものが表示されている。確かにそこで笑っている少年たちも桜庭と同様、同じベールを纏っている。しかしこんなものをつけて、こんな格好で真横にしゃがまれては流石の天道も意識せざるを得ない。日常ではまずお目にかかれない姿を見られるのはアイドルならではである。あまりに惜しくて天道はベールから手を離せなかった。そのままついそっと顔を寄せると、桜庭は肩をぐいと押して制止してくる。
「仕事前にひっつくな。気が散るだろう」
 撮影に影響したらどうしてくれる、と文句を言ってくるので天道はつい「撮影後ならいいのかよ」と顔をのぞき込んで再度迫るが、桜庭が返答するより先に大きな声で「おまたせしましたー! 撮影開始します!」とスタッフの号令が掛かる。
 さらに天道を強く押しのけて桜庭は立ち上がってしまった。あーあ、と悔やみながら天道が立ち上がる天道に向かって桜庭が小さく呟いた。
「勝手にしろ」
 慌てて天道が顔を上げるももう桜庭は歩き出しており、ベールに覆われた横顔が一瞬見えただけであった。