夢に沈めて

 きっかけはいったい何だっただろうか。天道とこうして肌を重ねるようになってから随分経つ。彼は僕に愛の言葉を紡いだことは一度も無く、僕もまた彼に愛の言葉を紡いだことは一度もない。初めに誘ったのはどちらだったのだろう。
 隣で背を向けて眠る天道を眺めながら思い出そうとしてみるが、出てくるのは自分も天道も酷く酔っ払っていたということだけだ。しかし2回目以降は、誘うのはいつも天道の方だ。そして自分も当たり前のように着いて行く。僕たちはいったい何をしているのだろう。そっと天道の赤い髪に触れてみた。短くて硬い、水分の少なそうな感触は、間違いなく触り慣れていない男の髪だった。すぐに触るのを止め、後ろから寄り添うようにして眼を閉じる。先に起きるのはいつだって僕なのだから、どんな体勢で寝ようが天道には関係ない。自分よりほんの少し高い体温が、なぜか心地よく感じる。不思議と目を瞑った先で、天道と逢いたかった。夢で逢えたら、君は僕にだけ笑いかけてくれるだろうか。僕は、君に好きだと伝えられるだろうか。

 朝陽がカーテンに遮られているせいで室内は随分薄暗い。自然と開いた眼を再び閉じようとして、ふと違和感を覚えた。数秒間そのまま考えたが、違和感の正体が呼吸だと気付いた瞬間、反射的に短い襟足を力強く引っ張った。
「痛ってえ!」
 そう叫んで襟足を押さえる天道からそっと身体を離して、ベッドの反対側へ寄る。
「医師免許持ちの隣で狸寝入りか。 度胸があるのか馬鹿なのか」
「別に狸寝入りじゃねえよ。動いたら起こしちまいそうだったから二度寝しようとしてただけだろ」
 そういいながら天道はごろりと体ごとこちらを向く。その表情は、昨日僕が夢で見たいと願ったものにそっくりだった。そのままゆっくりと伸びてきた手が僕の頭を撫でる。その事実が耐えきれなくて、思わず天道の顔から視線を逸らした。
「ちゃんと眠れたか?」
「君には関係ない」
「あっそう。……朝飯なにがいい?」
「なんでもいい」
 ぶっきらぼうな僕の返事は気にも止めず、分かったと小さく返事をして天道はベッドを降りていった。僕はシーツを頭の上まで引き上げて再び眼を閉じる。結局夢で天道に逢うことは出来なかった。けれども、普段の天道は僕より先に起きないし、あんな顔で笑いかけることも、僕の頭を撫でることもない。だから僕も、普段しない二度寝をしよう。天道はきっと何も言ってはこないのだろう。だから眠ってさえしまえば、再び眼が覚めた時、全ては夢のようなものへと変わっているに違いないのだから。